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なぜ「舌の位置」が大切なの?正常な飲み込みと発音を育むメカニズム
お子様の歯並びや口元の健康について考えるとき、「舌の位置」がこれほど重要だとは、あまり意識されないかもしれません。舌は「天然の矯正装置」であり、「顔と顎の骨格」を形作る最も強力な武器と言えます。
当院が採用しているORT矯正の治療哲学は、この舌の正しい機能を回復させることを非常に重要であると考えています。
この記事では、なぜ舌の「普段の位置」や「動かし方」が大切なのか、そしてそれがお子様の健やかな成長、正しい飲み込み(嚥下)、そしてきれいな歯並びにどのように影響するのかを、わかりやすく解説します。
舌の「正しい位置」とは?〜天然の矯正装置の役割〜
まず、舌の正しい位置を確認しましょう。
舌の正しい休息位置(スポット)
舌が休んでいるとき(話したり食べたりしていないとき)の正しい位置は、「上あごの天井全体にぴったりと吸い付いている状態」です。舌の先端は、上の前歯の裏側にある「スポット」と呼ばれる小さな隆起の少し後ろあたりに触れています。
そして舌の「前半分くらい」は天井にぴたっとついてる状態が正常な状態です。
この正しい位置にある舌は、実は非常に重要な役割を果たしています。
上顎を内側から広げる力
舌の重さと、嚥下(飲み込み)の際の圧力が、上顎(上の歯が生えている骨)を内側から常に適度な力で押し広げています。
例えるなら、舌は上あごのアーチを支える「内側からの支柱」です。この支柱がしっかりと働くことで、上顎は横に広く、前方に健全に成長することができ、永久歯が並ぶための十分なスペースが生まれます。
顔の骨格を安定させる土台
正しい舌の位置は、上顎の骨、ひいては顔全体の骨格を安定させる「土台」となります。舌が正しく機能することで、顔の骨は健康的で前方に成長しやすい方向へ誘導されるのです。
舌の位置が悪いと何が起こるか?〜低位舌と悪習癖〜
現代の子供たちの多くは、様々な要因(口呼吸、柔らかい食事など)により、舌が正しい位置ではなく、下に落ちてしまっています。これを「低位舌(ていいぜつ)」と呼びます。
リスク1:顎の成長が妨げられる
舌が下あごに落ちていると、上顎を広げる内側からの圧力が失われます。その結果、上顎は外側からの頬の圧力に負けて狭くなり、V字型やハイアーチ(上顎の天井が高い)と呼ばれる形態になってしまいます。
- 歯並びへの影響: スペース不足により、八重歯やガタつき(叢生)、上顎前突(出っ歯)になりやすくなります。
- 気道の問題: 上顎が狭くなると、それに伴って鼻腔(鼻の奥の空間)も狭くなり、鼻呼吸がしづらくなります。また、舌が下あごの奥に沈み込むことで、気道(空気の通り道)が狭くなり、いびきや睡眠時無呼吸のリスクが高まります。
リスク2:異常な飲み込み(嚥下)の癖
私たちは一日に約600〜2,000回も無意識に唾を飲み込んでいます。舌の位置が悪いと、飲み込む際にも舌が上あごではなく前歯や下の歯を強く押し出すようになります。
この「舌突出癖」は、一回の力が弱くても、回数が多いため歯に対して非常に大きな影響を与えます。これが不正咬合の直接的な原因となります。
- 開咬(かいこう): 前歯の間に隙間ができて閉じない状態になります。
- 前突(出っ歯): 前歯を押し出す力で、上の歯が前に傾斜してしまいます。
「飲み込み」と「発音」を育むメカニズム
舌は、飲み込み(嚥下)や発音といった「口腔機能」において中心的な役割を果たしています。
正常な飲み込み(嚥下)
正しい飲み込みは、舌全体が上顎に吸い付くように押し付けられ、食べ物や唾液を喉の奥に送り込む動作です。この一連の動きが正しく行われることで、歯並びを外側から内側に押さえつける力(頬や唇の力)と、内側から押し広げる力(舌の力)がバランスし、きれいな歯列が保たれます。
舌の癖や低位舌があると、このバランスが崩れ、飲み込むたびに歯並びを悪くする力がかかり続けてしまうのです。
明瞭な発音
日本語の「た行」「な行」「ら行」など、多くの音は舌の先端を「スポット」(上あごの正しい位置)に付けて発音されます。
低位舌や舌突出癖がある子供は、この舌の動きがスムーズにできないため、発音が不明瞭になったり、舌足らずな話し方になったりすることがあります。発音はコミュニケーション能力にも関わるため、早期に改善することが望ましいと言えます。
舌を育てるOMT(口腔筋機能療法)とは
ORT矯正において、装置を使った顎の拡大治療と並行して必ず行うのが、OMT(Oral Myofunctional Therapy:口腔筋機能療法)です。
OMTは、舌や唇など、お口周りの筋肉を正しく使えるようにするためのトレーニングです。
| OMTの主な効果 | 具体的な変化 |
|---|---|
| 舌の筋力アップ | 舌を上あごに吸い付ける力が強くなり、低位舌が改善します。 |
| 正しい嚥下の習得 | 正しい舌の機能を習得し、歯並びを乱してしまうような力をかからない様にします。 |
| 口輪筋(唇の筋肉)の強化 | 口をしっかり閉じられるようになり、口呼吸から鼻呼吸へと移行しやすくなります。 |
このトレーニングを地道に行うことで、お子様は無意識のうちに正しい舌の位置と正しい飲み込み方を身につけることができます。これにより、歯並びを悪くする原因の力を取り除き、治療後の後戻りを防ぐ、最も重要な予防策となります。
まとめ
舌は、単なる「味を感じる器官」ではなく、「顔の成長」と「健康」の鍵を握る重要な筋肉です。お子様の歯並びや、口呼吸、発音、飲み込み方などで気になる点があれば、それは「舌の機能が正常に働いていないサイン」かもしれません。
当院では、単に装置で歯を動かすだけでなく、この舌の正しい使い方を習得させることを最も重要視しています。お子様の健やかな成長のために、ぜひ一度、お口の機能の状態をチェックさせてください。